物語






☆ 新米幽霊

  僕は今、知らない所にいる。どうしてこんな所にいるのかわからない。
  
受付らしい建物があって、そこにたくさんの人が列をつくって並んでいる。動物も並んでいる。犬やねこ、キリン、象も並んでいた。
  ここにいる他の人達は、どうやってここに来たんだろう?だれかに聞いてみようと思ったけれど、見たところ日本人はいないから言葉が通じないかもしれない。受付の人なら、いろいろ教えてくれるかもしれない。そう思って、列の一番後ろに並んだ。
  列に入っていない人達を見ていると、たいていみんな不安そうに周りを見回してから、この列に並んでいく。色々な人を見ているうちに、僕の番、つまり列の先頭になった。受付らしい建物には、二人の男の人がいる。
  「ここはどこですか?」
と男の人に聞いた。
  「君、まだ子供なのにこんな所に来ちゃったの」
  「子供なのに?」そう言えば、ここはお年寄りの人が多かった。続けて男の人が言った。
  「ここは、死んでしまった人が来る所だよ。」
  そう言われて、僕ははっと思い出した。
  確かここへ来る前、友達と遊んでいた。公園でサッカーをしていたら、ボールが道路に転がっていってしまった。僕が拾いに行こうと道路に出たとたん、轢かれてしまったんだ。
  「じゃあ、このあと僕はどうなるの?」
  「それは自分で考えな。はい、次の人の番だからね」
  僕は、その辺をぶらぶらしてみた。どんどん受付から遠くなっていっても、周りにはまだ人がたくさんいる。

  下を向いて歩いていたら、何かにぶつかった。顔を上げると、かべだった。後ろを向くと、受付は見えなくなっていた。かべには、大きな扉と小さな扉がある。
  大きな扉は、きれいな水色にぬってあり、取っ手もついていた。その扉に、「天国」と書いてある。
  もう一つの小さい扉は、色がついていなくて、かべと同じ真っ白だった。大きな文字で、「関係者以外 立ち入り禁止」とある。
  僕は天国に行きたくなかった。天国に行けば、お父さんやお母さん、友達にも、もう会えなくなる気がした。それよりも、こっちの小さな扉の方が気になった。思い切って、小さな方の扉を開けてみた。
  センサーか何かが付いていたのか、消防車のサイレンみたいな大きな音が鳴り始めた。僕は逃げるように走り出した。学校のろうかのような、ずっと真っ直ぐな道があった。全力で走ったのに、不思議とつかれなかった。死んでいるから当たり前だ。
  五十メートルくらい走ったところで、道がとぎれていた。下を見ると雲があり、雲より下に町が見えた。もどれるかもしれない!下を見ていると、後ろから追いかけてくる足音が聞こえた。せっかくもどれるのに、つかまるわけにはいかない。覚悟を決めて、下に飛び降りた。すごいスピードで落ちた。
  雲を通り抜けた後は、なぜかゆっくり落ちていった。

  着いた所は、僕の家の近くの橋の上だった。前の方からお母さんが自転車をこいで来る。
  「お母さん!お母さん!僕だよ!」
  大声で叫んだ。お母さんは、気付かないで僕の体を通り抜けて行った。僕はやっと分かった。僕は幽霊になってしまったんだ。とてもショックだった。
  とりあえず学校に行ってみた。
  僕の教室に入る。前のドアから入っていった。やっぱり誰も気付いてくれなかった。
  黒板を見てびっくりした。僕がサッカーをして轢かれたのは九月八日だったのに、時間をあまり感じなかった。一ヶ月もたっていたとは思えなかった。先生が黒板に書くことも、難しくなっていてよくわからない。教室の後ろのかべには、作文がはってあった。僕の事故についてだった。その作文を読んで少し元気が出た。僕が三十枚もの作文を全部読み終えたところで、ちょうどよくチャイム鳴って授業が終わった。
  休みの時間の間、特に仲の良かった友達を見ることにした。サッカーをしていた友達でもあり、僕を入れて五人はいつも一緒に遊んでいた。四人で遊ぶのかと思ったら、僕がいた頃は仲の悪かった五人のグループと、合わせて九人で遊んでいた。これは悲しかった。
  そんな風にしていろいろ見ていたら、夜になってしまった。夜中になると、幽霊がたくさんうろついてるのが見えて、怖かった。僕は家に行くことにした。
  部屋に入ると、ベッドがそのままあった。僕も幽霊なのに、幽霊は怖いから寝ようとした。だけど、眠れなくて横になっていた。
  
  やっと朝が来た。六時頃にお母さんが起きて、二人分の朝食を作っていた。お母さんもお父さんも一応元気そうだったから、安心した。お父さんとお母さんに一言、「ありがとう」と言いたかった。
  良いことを考えついた。口がきけないなら、紙に書けばいいんだ!家の中で書く物を探した。電話の横にメモ帳とボールペンが置いてあったから、それを使うことにした。
  はりきってボールペンをつかもうとして、びっくりした。ボールペンがつかめない。きのうは物が動いているのが見えたら大変だ」と思い、何もさわらなかった。幽霊は物にさわれないとは。そういえば、横になった時もベッドの感覚がなかった。
  それなら念力が使えるかもしれない。念力なんてやったことないけれど。
  ボールペンをにらんで必死に願うと、三十秒くらいで本当にボールペンが持ち上がった。半分無理だと思っていたから、びっくりして願うのをやめてしまった。そのとたんに、ボールペンは落ちてしまった。またボールペンをにらんで、文字を書く姿をイメージする。ゆっくりとボールペンが上がって、「ありが」まで書けた。
  幽霊になってから、寝なくても、食べなくても、走ってもつかれなかったけれど、この作業はすごくつかれた。ようやく要領をつかんで、「とう」を書いたけれど、これではパッと見て落書きかメモみたいだ。もう体力がなくてへとへとだったから、少し休憩することにした。
  もう一度やってみる。「お父さんとお母さんのむすこより」と書いた。午後五時をすぎていた。あと一時間もすればお父さんが帰ってくる。電話の前を通って、気付いてもらえるだろう。
  もう、思い残すことはなくなった。僕は橋の上に行ってから、雲の上を目指した。

  天国の扉を開ける。今、僕は晴れて本当の幽霊になった。
  

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